絵本の読み聞かせをしてみよう!よみっこ ブログ




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とこよのくにのうらしまさん(絵本)〜語りについての一考
たじま ゆきひこ,伊根町立本庄小学校の子どもたち
くもん出版
(2012-03)

 田島征彦さんが、京都府伊根町の小学生と創作した「浦嶋伝説」の絵本。

 絵本に挟み込まれた小さなチラシに、田島さんの文章が寄せられている。
 その文章の一部を抜粋。

「子どもたちに、いじめられている亀を助けて、竜宮城へ行く話は、巌谷小波(童話作家。1870〜1933年)の創作なので、ずいぶんと新しい。浦嶋が亀に乗りはじめたのも江戸時代になってからと言われている。」

 浦島伝説の原形は、1400年前に京都府丹後半島の伊根町に伝わる浦嶋伝説だという。

 こんなことを知っただけで、この絵本を手に取った価値あり。

 さらに、
 この絵本の結末は、創作に参加した小学生の一人のアイディアだという。

 すばらしい!

 昔話を語ることについて考えてしまう。

 よく「昔話は、そのまま伝えなければいけない」などと言われるけれども、
「そのまま」ってなんなんだ? と思う。

「そのまま伝える」という考えは、昔話が、文字によって記録されるようになってからの弊害だと思っている。

 口承されてきた昔話は、語り伝えてきた幾多の人々によって、大なり小なり違って当然だ。

 受け入れられない部分は、語り伝えられる中で、自然に淘汰されていく。

 こうした繰り返しの中で、川を流れる石が丸くなっていくように研磨されて、物語のエッセンスだけが残っていく。

 昔話は、一人の語り手が多少内容を変えたとしても、本質はびくともしないはずだ。
 だから、語り伝える人たちの、その時々の遊び心はあっていい。
 あった方がいい。
 個性のおもしろさがあるし、時代を取り込むこともできる。

「そのまま伝えなければいけない」という言葉に縛られて、昔話を定型しか認めない古典にしてしまってはいけない。
 昔話から自由さが奪われて、堅苦しいイメージが付いてしまう。
 こうなると「語り伝える」ことが、敬遠されてしまう恐れがある。
 昔話の語り手が、いなくなってしまうことになりかねない。

 昔話が絵本などに記録されたものだけになって、口承されなくなってしまってはいけない。

 絵本がなくても、昔話をしよう!

「そのまま伝えなければいけない」ということはないのだから。

 聞き手に「今の話は違う」と言われら、「今日の話は、こうなんだ!」「私の話は、こうなんだ!」と胸をはればいい。
 昔話は、語る人によって違っていいし、語る場所や時期や時間によって違っていいのだから。
 そのためには、昔話とは、こういうものなんだということを周知することも必要だろう。



| comments(0) | trackbacks(0) | 18:58 | chaury |

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